
本を読みたいと思うとき、何を参考にしますか?
猫池は、新聞の書評を頼りにします
著者は、日本贔屓なフランス人元哲学教師、
この本は仏国をはじめ世界的ベストセラーという触れ込みで、興味をひかれました
(凡そ我が国でベストセラーになるものの多くは、ファーストフードのように誰の口にも合うが、まるで栄養がなく身にならないという偏見を持っているので、売れている本ほど興味を殺がれますが、先月百歳を迎えたレヴィ・ストロースの誕生日を国をあげて祝う国のそれとなれば話は違います)
平野啓一郎『決壊』を読んで暗闇に落とされたなら
ミュリエル・バルベリ『優雅なハリネズミ』に光明を見出すとよいかもしれません、お口なおしの美味しいデザートになるとおもいます
主人公の二人の女性(管理人ルネと少女パロマ)は、どちらも著者の分身でしょうか?
「現象学とは、意識についての孤独で終わりなきモノローグ、どんな本物の猫も決して入り込めない純粋で冷酷な自閉」
「”我々は”物理的事物の冷徹な決定論に従属した動物だから、こんな議論は全く意味がない」 等等、
フッサールを爽快にバッサリやってくれちゃう管理人ルネ
(猫池にとっても現象学は理解の範疇を超えている、が、その理論が猫池家に於いてはどーでもよいということだけははっきりと理解してる)
「…力になるのは…外向きのエネルギーではなく、自分の内側に向かい、自分自身に入り込む力」
であることをマオリ戦士から見出す得難い身体的感性を備え、
「美と死、動きと消滅」 に永遠の「バランス」 を感じ取り、
「無常の中に永遠を探していく」 ことが生きる事なのだと悟る12歳の少女パロマ
(文学とヨガを嗜んでいる少女の母親は、残念ながら、ヨガなど知らないこの少女の身体感覚にも悟りにも、到底たどり着けないだろう)
ふたりには是非、猫池ヨーガ教室の後継者になってほしい!
素晴らしい指導者になってくれるはずです
著者は、“哲学学者”でなく、間違いなく本物の“哲学者”です

我が国の教育現場にはバルベリ氏のような“哲学者”が最も必要なのではないかと思います
もうひとつ、平野啓一郎『決壊』を読んでいて、ドストエフスキーが無性に恋しくなったけど、
この『優雅なハリネズミ』では、トルストイを読みたくなります
早速、アンナ・カレーニナを借りてこようかな…
ロシア文学の大地の匂いは、根源的なエネルギーを呼び覚ましてくれるもの

人間の“本当”は、大地から離れた所にはなく、ロシア文学は常にそれと共にある。その力は時代を超えて人々の魂を揺さぶるようです
あと、この物語は、近いうちに映画化されそうな予感がします
見る者の気持ちをあたためてくれる、やさしい作品になりそうです